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4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page7

last update 最終更新日: 2025-03-06 14:59:48

 昨夜、原口さんは部屋が薄暗くて私の姿が見えなかったから、どうにか理性を保てていられたらしい。

 じゃあ、もし部屋がもっと明るくて、私の格好がよく見えていたらどうなっていたんだろう?

 私はショートパンツ姿で、ナマ足を惜(お)し気(げ)もなく(?)披露(ひろう)していたし、胸だってけっこうグラマーな方だと自負(じふ)している。

 それに、湯上がりだったからいい香りもしていただろうし。

 数週間前の朝、私の寝起き姿を見た時だって、彼は落ち着かない様子だった。もしかしたら、本当にキスどころか一線を越えてしまっていたかもしれない。

「いやいやいやいや! ないない」

 だって、あの原口さんだもん。優しいけど生真面目(キマジメ)。そんな彼が、理性を失って豹変(ひょうへん)するなんて想像がつかないのだ。

「…………考えるの、やめとこ」

 もう一度ため息をついて、私は暴走しがちな思考を打ち切った。

「――おはようございます」

 刻み終えたお漬けものを小鉢(こばち)に盛り付けている間に、原口さんが起きてきた。

「あ、おはようございます」

「昨夜はご迷惑かけてすみませんでした」

「いえ、別に迷惑だなんて……。――あ、ソファー、寝づらかったんじゃないですか?」

 しきりに首の後ろをさすっている彼に、私は訊いてみた。

「あー……、はい。ちょっと首が……」

「やっぱり?」

 ウチのソファーで寝た者の、当然の結果である。しかも、彼は長身なのにムリな体勢で寝ていたからなおさらだろう。

「あと、頭も痛くて……。二日酔いかな」

「……はあ」

 それは知らんがな。弱いのに潰れるまで飲んだんだから、自業自得だろうに。

 とはいえ、シジミのお味噌汁を作ったのは正解だったみたい。

「朝ゴハン、食べて行かれますか? シジミ汁と白菜のお漬けものですけど」

「ああ……、どうりでさっきからいい匂(にお)いがするわけだ。ありがとうございます。頂きます」

 原口さん、食欲はあるみたい。私もホッとした。

「じゃ、今から支度するんで、その間に洗面所で顔を洗ってきて下さい。――あっ、玉子焼きか何か作ります?」

 朝ゴハンとはいえ、男性はそれだけじゃもの足りないんじゃないだろうか?

「いえ、大丈夫です。二日酔いの胃には重いので。――じゃ、顔洗ってきます」

 彼が洗面所に行くと、私はテーブルの上を整えながら反省した。

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  • シャープペンシルより愛をこめて。   4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page8

     ――原口さんに食べてもらう分は、ウチに置いてあった男モノの食器に盛り付けた。 この食器は潤と付き合っていた頃、この部屋に入り浸(びた)っていたアイツのために買い揃(そろ)えてあったものだ。 アイツとは別れてしまったけれど、物に罪(つみ)はないので食器は捨てずに置いてあった。 果たして、これを見た時に原口さんはどんな反応をするんだろうか? 私を〝未練たらしい女〟だと思うだろうか――?「――あ」 原口さんがサッパリした顔でダイニングに戻ってきた。「洗面所お借りしました。――シェーバーがないのは……仕方ないですよねえ」「あるワケないじゃないですか、そんなの」 私は真顔でツッコんだ。女の一人暮らしでしかも、この二年間男性が(父も含めて)この部屋に泊まっていったことなんてないのだから。「ですよねえ。ああ、僕ヒゲは濃くないので大丈夫です」 何が「大丈夫」なんだかよく分からないけれど、彼が納得しているならそれでいいか。「――じゃ、座って下さい。ゴハン食べましょう、ね」 私と原口さんは二人掛けテーブルに向かい合わせで座り、二人で「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた。 ……のはいいとして。やっぱりというか何というか、原口さんから男モノの食器(主にお茶碗(わん)と箸)についてツッコまれた。「そういえば、どうしてこの部屋に男モノの食器が置いてあるんですか? 先生って一人暮らしですよね。お皿やグラスはともかく」 友達や家族がよく遊びに来るし、原口さんだって仕事でちょくちょく訪(たず)ねてくるので、お皿やグラス・カップ類が多くストックしてあるのは不思議に思われなかったらしい。「ああ。それ、元々は潤のために買い揃えてあったんですけど。物に罪はないし、捨てるの勿体ないでしょ? まだ使えるのに」 我ながら、言っていることが所帯(しょたい)じみているなと思う。結婚どころか同棲(どうせい)している彼氏もいないのに、主婦みたいだ。「――そんなことより、味はどうですか?」 彼に私の手料理を食べてもらうのは初めてなので、お味噌汁をすすっている彼に感想を訊いた。「うまいっす。先生って家庭的なんですね。料理は上手だし、片付けも得意みたいだし」「いえいえ! そんな」 私は恐縮したけれど、内心ではすごく嬉しかった。……ただ、「先生って〝意外と〟家庭的」と言われ

    最終更新日 : 2025-03-06
  • シャープペンシルより愛をこめて。   4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page9

    「うちの母も、よく二日酔いになる父のためにシジミ汁を作ってました。私が料理上手なんだとしたら、きっと母に似たんだと思います」「なるほど、そうなんですか。――お父様のご職業は?」 原口さんから、私の家族のことを訊かれたのも初めてだ。なんだかお見合いの時みたいな(経験はないけど)妙な気分になる。「父は大手商社に勤(つと)めるサラリーマンです。原口さんと一緒で下戸なんですけど、接待とか仕事上のお付き合いとかで飲まされることが多いらしくて……。会社員の人って大変ですね」 原口さんも同じ会社員だ。業種こそ違うけど、少なからずお父さんにシンパシーを感じたらしく、「はい」と頷いている。「私も父から、『作家なんて安定しない仕事なんだから、もっと実直な進路(みち)を選べ』って昔言われたんです。高校生の時だったと思いますけど」「そうですね……。確かに、無事デビューできても安定して売れ続ける作家さんは数少ないと思います」「でも昨日、私がバイトしてる本屋で私の最新刊、発売初日で入荷(にゅうか)した分が完売したんですよ! すごいと思いません!?」 私だって天狗(テング)にはなりたくないけれど、これだけは胸を張って言いたかった。「初日入荷分が完売!? それはすごいことですよ! もしかしたら重版されるかも」「でしょ!? だから私、自分の仕事に誇(ほこ)りを持ってるんです。父も最近は、私が作家でいることを認めてくれてるみたいで」「よかったですね、先生」「はい」 家族に内緒で作家をしているよりも、家族に応援してもらいながら執筆の仕事ができる方が断然いい。 ――昨夜から私と原口さんの距離が、ほんの少し縮(ちぢ)まった気がする。 私は原口さんの今まで知らなかった面を、原口さんは私の過去や家族のことを知れた。 本当にほんの少しだけど、彼に近付くことができたと思ってもいいのかな……?

    最終更新日 : 2025-03-06
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    「――あっ、ねえ原口さん。ちなみに玉子焼きは甘いのとしょっぱい系、どっちが好(す)きですか?」 そういえば、彼の食べ物の好(この)みだって知らなかったな。この際(さい)だから、思い切って訊いてみようっと。「しょっぱい方ですね。甘いものは好きなんですけど、玉子焼きの甘いのだけは好きじゃなくて」「えっ、ホントに? 私もなんです! お寿司屋さんでも玉子は頼まないんですよね。甘いから」 すごい、何たる偶然! いや運命!? こりゃテンションも上がるってもんだ。「今度原口さんがウチでゴハン食べる時は、玉子焼き作りますね!」 別に「またウチに泊まっていって」っていう意味じゃなく、あくまでもお腹をすかせていたら放っておけないから。「本当ですか? 楽しみにしてます」 すると彼がフニャリと笑った。心からの喜びが現(あらわ)れたその笑顔に、私のハートは鷲(わし)掴(づか)みにされてしまう。――「楽しみ」って言われた! なんか急に原口さんの彼女になったみたい!「そそそそ、そんな! 楽しみにしてもらえるほどのものじゃないですけど。頑張って作りますね」 照れをごまかすため、私はすごい勢いで食べ進める。「……なんか、こういう朝の風景っていいですよね。〝共働きの新婚家庭〟みたいで」「はい……」 ほのぼのと言う原口さんに、私も思わず同意する。いつか、彼の言葉が現実になったらいいんだけどな……。「――ごちそうさまでした」 気がつくと、原口さんは朝ゴハンをきれいに平らげていた。「原口さん、ゴハンのお代わりは?」 私はもうお腹いっぱいだけれど,彼は遠慮しているだけなんじゃないかと思い、一応訊ねてみる。「いえ、もう十分頂きましたから。ありがとうございます」「そうですよね」 彼の分のゴハンが入っていたのは男モノの大きめのお茶碗だ。二日酔いでそれ一杯分食べたら十分だろう。 私が二人分の食器を流しに運び、手早く洗いものを済ませている間に、原口さんも帰り支度を済ませていた。「じゃあ、僕はそろそろ失礼します」 カバンを手に、彼は玄関へ。私も出勤時間までには少し時間があるので、彼を見送ることにした。「蒲生先生の件は、島倉編集長とよく相談してどうにか解決します。なので先生は心配なさらずに、ご自分のお仕事に集中して下さいね」「はい、分かりました。――あの、どうなったか、私

    最終更新日 : 2025-03-07
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     玄関のドアがパタンと閉まる。少しだけ新婚気分に浸(ひた)っていた私は、現実に引き戻された。 時刻はもうじき八時半。そろそろ家を出ないとバイトに遅刻する。「――よしっ! 行くぞ!」 仕事着の上から薄手のカーディガンを羽織ると、気合いを入れるために両方の頬をパンッと叩いた。 トートバッグを提げ、仕事用の黒いスニーカーを履いて、キチンと戸締りをすると朝の爽やかな空気を吸いこみ、町へと飛び出して行った。 書店へ向かう道すがら、私は考えていた。 私は多分、自分の気持ちをうまく隠せていないから、原口さんにも私の想いはダダ漏れだと思う。……じゃあ原口さんは? 今のところ、彼が私のことを一人の女として見てくれているかは微妙なところ。それに、琴音先生との関係だってハッキリしないままだ。 私はこの恋に、望みを持っていてもいいのかな――?   * * * * ――その日から、私はバイト中にクレームを言われる回数が激減(げきげん)した。  お客様にご迷惑をかけてしまうことも少なくなり、清塚店長は私の働きぶりを温かい目で見守って下さるようになった。秘密のパソコン特訓が、功(こう)を奏(そう)しているらしい。「――奈美ちゃん、このごろ仕事が早くなったんじゃない?」  数日後。久しぶりにシフトが一緒になった由佳ちゃんが、バイト帰りに私をそう評価してくれた。「そうかなぁ? ……いやいや! 私なんかまだまだだよー」  謙遜はしたものの、やっぱり喜びは隠せない。 今日もお客様からご予約のあった商品の確認をお願いされたけれど、私は数日前と違って一人でどうにかやり遂(と)げることができた。「店長も、奈美ちゃんのこと見直してくれたみたいだし?」「うん。そうみたい」「恋の力って偉大(いだい)だよねえ……」「…………」 うっとりと言う由佳ちゃんに、私は絶句(ぜっく)した。思いっきり図星だったからである。 別に私は原口さんのために頑張っているわけじゃないけど。彼が間接的に私の頑張りの原動力(みなもと)になっていることは間違いないから。「最新刊も初日に完売だったしねー」「うん。おかげさまで、早速重版かかったって」「重版!? スゴいじゃん!」 由佳ちゃんが目をまん丸くした。それ以上に驚いたのが、誰でもないこの私だった。  昨夜、原口さんから電話がかかってきたの

    最終更新日 : 2025-03-07
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    「この調子でさ、恋も仕事も頑張るんだよ! ……ああでも、本業の方が忙しくなったらバイトは続けていけるかどうか分かんないよねえ」「うん……、そうだね」   ――そっか。専業作家としてやっていけるようになったら、バイトを続けていく必要もなくなっちゃうんだ……。  原口さんは、私がいずれは専業としてやっていくことを望んでるんだろうか? ――私だっていつかは小説だけで食べていけるようになりたい。でも、それは結婚して家庭を持ってからでいいかな、と思っている。 まだ当分、バイトは辞(や)めたくない。この仕事にやり甲斐を感じているし、何より由佳ちゃんや他の従業員さん達と一緒に働けなくなるのが惜(お)しい。「大丈夫だよぉ、奈美ちゃん。そんなに暗い顔しないで!」「……えっ?」「心配しなくてもあたし、一緒に働けなくなっても奈美ちゃんの親友だし、巻田ナミ先生の大ファンでいるから! ねっ!?」  由佳ちゃんには、私がどんなことで悩んでたのか分かったのかな? 私を元気づけようと、彼女らしい言葉で励ましてくれる。「……ありがと、由佳ちゃん。――でも私、バイト辞めないよ」 胸がポカポカとあったかくなり、こみ上げそうになった嬉し涙を堪(こら)えるように、私はキッパリと宣言した。「えっ、そうなの? なぁんだ、よかった」 由佳ちゃんがホッと胸を撫で下ろしたように笑顔で言う。……と、次の瞬間。  ――ピンポン ♪「……ん?」  ケータイの短い着信音が鳴った。メールかな? LINE(ライン)かな? 私は自分のスマホをチェックしたけど、マナーモードのままなので鳴るわけがなかった。「……あっ、あたしのスマホだ。ちょっとゴメン!」  由佳ちゃんが立ち止まり、受信したメッセージに返信していた(〝歩きスマホ〟は危(あぶ)ないからね)。「――ゴメン、奈美ちゃん! メッセージ、彼氏からだった。『今から一緒にゴハン行こう』って」「えっ!? 由佳ちゃん、彼氏いたの!?」  初耳だった。彼女との友情は二年になるけれど、そんな話は一度もしてくれたことがない。「うん。まだ付き合って二ヶ月くらいかな。中学校の先生なんだけど、合コンで意気(いき)投合(とうごう)したんだ♪」「ええっ!? いつの間に……」 私が執筆活動にバイトにと勤(いそ)しんでいる間に、親友がリア充になっていたなんて…

    最終更新日 : 2025-03-07
  • シャープペンシルより愛をこめて。   4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page13

    「それにさぁ、ナミ先生は恋愛小説書いてるじゃん? 話した内容、ネタにされるのもイヤだったしさぁ」「しないよ、そんなこと!」 私はムキになって否定した。――でも、ぶっちゃけて言えば、参考にできるものならしてみたいかも。……なんて思ってしまう作家の性(さが)が恨めしい。「分かった分かった! 冗談だよ冗談っ☆ んじゃ、あたしはここで。奈美ちゃん、またねー」「うん、お疲れさま」 ――私は由佳ちゃんと別れ、帰り道をブラブラ歩いていた。 この道には〈きよづか書店〉が入っている商店街もショッピングビルもある。――食べるものはまだ買わなくていいはずなので、帰るにもちょっと早いし、ウィンドウショッピングでもして帰ろう、と思って町を歩いていたところ――。「あれ? 奈美じゃね?」 もうずっと聞いていなかったけれど、記憶には残っているその声に、私は不意に振り返った。――この声、まさか……。「潤……なの?」 声の主は今年大学を卒業し、社会人になっているらしい(〝らしい〟というのは、学部が違っていたので別れた後は全く接点がなくなったからである)元カレの井上潤だった。 学生時代は茶髪で長かった髪は短くなり、黒っぽく染められて小ザッパリしているし、着ているのも社会人らしいグレーのフレッシャーズスーツだ。 でも、いくら外見が変わっても彼がまとうチャラい雰囲気(ふんいき)は二年前と変わっていないから、私にはすぐ分かった。「あ、やっぱ奈美だ。変わってねーな、お前は」「……変わってないのはアンタもでしょ」 今の私達は赤の他人なんだから、馴(な)れ馴れしく話しかけないでほしい。――まあ、それに反応する私も私だけど。「っていうか、なんでアンタがここにいんのよ?」 ここから私の住むマンションは目と鼻の先だ。学生時代に潤が住んでいたのはこの近くじゃなかったはずだけど……。「ああ。オレな、大学卒業(で)てから一人暮らし始めてさあ。んで、住むことになった部屋がたまたまお前んちの近くになったんだよ」「たまたま、ねえ」 本当だろうか? 私がこの町に住んでいることを覚えていたから近くの部屋に決めたとしか思えない。「就職はできたんだ? 職種は何?」 元カレとはいえ、潤がニートじゃないことには安心したので、とりあえず訊いてみる。とはいえ、職種なんて私の知ったこっちゃないけど。「営

    最終更新日 : 2025-03-07
  • シャープペンシルより愛をこめて。   4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page14

    「〝あっそ〟って何だよ。自分から訊いといて素(そ)っ気(け)ねえのな。……まあいいや。お前はまだバイト続けてんだ?」「うん……、そうだけど?」 私はまた素っ気なく返した。 どうせ潤は本を読むのが嫌いだから、ウチの書店に買いにきたことなんかないくせに。雑誌を買うくらいなら、コンビニでこと足(た)りるだろうし。「せっかく夢叶(かな)って作家になっても、収入が安定しねえなんて大変だな。――あ、本屋のバイトも非(ひ)正(せい)規(き)雇用だっけか」 私は色んな意味でムカついた。 一つ目。お父さんと同じようなことを、この男に言われたこと。 二つ目。社会に出たばっかりのヤツに、非正規雇用をバカにされたこと。 三つ目。とどのつまり、この男が私に何を言いたいのか全く分からないこと――。「まあ、営業の仕事も給料は歩合(ぶあい)制だから、あんまり安定してるとは言えねえけどな」「……それじゃ説得力ないじゃん」 自虐(じぎゃく)をまじえて肩をすくめる潤に、私は呆(あき)れてツッコんだ。「私(あたし)は後悔してないよ。確かに今は兼業じゃないと食べていけないけど、自分のやりたいことを仕事にできてるって幸せなことだからさ」 自分の作品の原稿料と印税の収入だけじゃ心(こころ)許(もと)ないからと、原口さんは時々、他の作家さんとの合作やアンソロジーの仕事も私にやらせてくれる。 それでも収入が安定しないことに変わりはないのだけれど……。「そうなん? まあオレは、お前がそれで満足してるんならいいんだけどさあ」 ――潤と話していると、何だか二年前に戻った気がする。それは決してイヤな感覚ではなく、二年前はこのユルい関係が心地(ここち)よかったりしたのだ。――そう、この男が私に、あんな選択さえ迫らなければ……。「でもお前、あの後考えたことねえ? 〝もしあの時、別の選択肢(し)を選んでたら〟って」「え…………」 この台詞(セリフ)でやっと、私は潤の言いたいことが理解できた。彼はまだ私に未練があり、そして私が小説を選んだことを納得していないのだと。「……なかった、と思う……けど」 答えてから、考える。もしあの時、小説じゃなく潤の方を選んでいたら……と。 この男は私に小説家を辞めてほしがっていた。――私は果たして、彼の望む通りに志(こころざし)半(なか)ばで筆を折ること

    最終更新日 : 2025-03-07
  • シャープペンシルより愛をこめて。   4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page15

    「それは……、今すぐには返事できないよ。私、今好きな人がいるから。担当編集者の人」「そっか。付き合ってんの、そいつと?」「ううん、まだ私の片想い……だと思うけど」 私は一体、どうして悩んでいるんだろう? 原口さんのことは、まだ片想いだから諦められると思っているから? 潤とはヒドい別れ方をしたせいで、彼に申し訳なく思っているから? でも、まだこの男に未練があるのかと自分自身に愕然となる。せっかく、原口さんへの恋を頑張ると決めたばかりなのに。こんなことで心が揺れ動くなんてどうかしている。「…………分かった。オレ、いい返事期待してっから。連絡先変わってねぇから、心決まったら連絡して」「うん……」 ――潤と別れてから、私は自分でも何をやっているんだろうと呆れた。 元カレと再会して、好きな人がいるにも関わらず復縁を迫られて、心がグラついた。片想いだからって、本気で好きなんだと気づいた相手のことをそんな簡単に諦められるわけがないのに。 潤と元サヤになったところで、今度こそうまくやっていけるとは限らないのに。また同じことの繰り返しになるだけかもしれないのに――。「…………はぁ……っ。何やってんだ、あたしは」 ため息をつきながら、マンションの近くまで来ると――。「巻田先生、お疲れさまです」「……あ」 そこには原口さんが立っていて、私に気づくと丁寧(ていねい)に挨拶してくれた。

    最終更新日 : 2025-03-07

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  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page16

    「バレました? 実はそうなんです。僕ももっと早く先生にお話しするつもりだったんですけど、先生が喜ばれるかどうか心配で。僕よりも映画のプロの口から伝えていただいた方が説得力があるかな……と」「はあ、なるほど」 私も自分が書いた作品の出来(でき)には自信があるけれど、「映画化するに値(あたい)するかどうか」の判断は難しい。そこはやっぱり、プロが判断して然(しか)るべきだと思うのだ。「僕は先生がお書きになった原作の小説を読んで、『この作品をぜひ映像化したい!』と強く思いました。それも、アニメーションではなく、生身(なまみ)の俳優が動く実写の映画にしたい、と。それくらいに素晴らしい小説です」「いえいえ、そんな……。ありがとうございます」 私は照れてしまって、それだけしか言えなかった。自分の書いた小説をここまで熱を込めて褒めてもらえるなんて、なんだかちょっとくすぐったい気持ちになる。それも、初対面の男性からなんて……。「――あの、近石さん。メガホンは誰がとられるんですか?」 どうせ撮ってもらうなら、この作品によりよい解釈をしてくれる監督さんにお願いしたい。「監督は、柴崎(しばさき)新太(あらた)監督にお願いしました。えー……、スタッフリストは……あった! こちらです」 近石さんが企画書をめくり、スタッフリストのページを開いて見せて下さった。「柴崎監督って、〝恋愛映画のカリスマ〟って呼ばれてる、あの柴崎監督ですか!?」 私が驚くのもムリはない。私と原口さんは数日前に、私の部屋で彼がメガホンをとった映画のDVDを観たばかりだったのだから。「わ……、ホントだ。すごく嬉しいです! こんなスゴい監督さんに撮って頂けるなんて!」「実は、主役の男女の配役ももう決まってまして。あの二人を演じてもらうなら、彼らしかいないと僕が思う演者(えんじゃ)さんをキャスティングさせて頂きました」 近石プロデューサーはそう言って、今度は出演者のリストのページを開いた。「えっ? ウソ……」 そこに載っているキャストの名前を見て、私は思わず声に出して呟いていた。「……あれ? 先生、お気に召しませんか?」「いえ、その逆です。『演じてもらうなら、この人たちがいいな』って私が想像してた通りの人達だったんで、ビックリしちゃって。まさにイメージにピッタリのキャスティングです」 こん

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  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page14

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  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page13

    「どしたの? 奈美ちゃん」「うん……。彼からメッセージが来てるの。えーっとねえ……、『お疲れさまです。このメッセージを見たら、折り返し連絡下さい』だって」 LINEアプリのトーク画面に表示されている文面はこれだけで、肝心(かんじん)の用件は何も書かれていない。「何かあったのかなあ? 返信してみたら? 『どんな用件ですか?』って」「返信より、電話してみるよ。その方が早いし」 私は履歴から彼のスマホの番号をタップし、スマホを耳に当てた。『――はい、原口です』「巻田です。なんかさっき、メッセージもらったみたいなんで折り返し電話したんですけど。たった今気がついて」『ああ、そうなんですか。――今日はお仕事ですか?』「はい。今はお昼休憩中なんですけど。――何かあったんですか?」『はい。えーっと、映画プロデューサーの近石(ちかいし)さんという方から、「巻田先生にお会いしたい」ってお電話を頂いて。今日の夕方に編集部でお会いすることになったんで、連絡したんです』「映画プロデューサーの近石さん……、あっ! もしかして、近石祐司(

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page12

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       * * * * ――翌朝、原口さんはバイトに出勤する私に合わせてわざわざ早く起きてくれたので、一緒に朝ゴハンを食べた。今日のメニューは白いゴハンに焼き鮭(ざけ)、キュウリとナスの浅漬け、そしてきのことカボチャのお味噌汁。秋が旬の食材をふんだんに使ったメニューだ。 たまには洋食の朝ゴハンにしようかとも思うのだけれど、原口さんは和の朝食がお好みらしい。「――そういえば、ナミ先生って和食以外もよく作るんですか?」 ゴハンをお代わりしながら、彼が訊いた。……あ。そういえば彼がウチで食べる料理ってほとんど和食だ。洋食系のメニューって食べてもらったことあったっけ?「うん、作りますよ。中華とかカレーとかも。でも、さすがにハヤシライスは作ったことないなあ」 昨日のデートで、彼と一緒にカフェで食べたハヤシライスはおいしかった。……でも、自分で「作ってみたい」とまでは思わない。私は創作の面では結構攻めるタイプだと思うけれど、どうも他の面では守りに徹(てっ)するタイプみたいだ。 そういえば恋愛でもそうだった。原口さんのことが好きだと気づいた時だって、自分からはグイグイ行かなかった……と思うし。「――僕、ナミ先生が作ってくれる和食大好きなんですけど。たまには洋食系のメニューも食べてみたいなあ……なんて。……すみませ

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page10

       * * * * ――結局、彼はやっぱり泊っていくことになった。 洗い物を済ませてから二人で交代に入浴し、寝室で甘~~い時間を過ごしたら、私は無性に書きたい衝動(しょうどう)にかきたてられた。「――ゴメンなさい、原口さん。私、これからちょっと仕事したいんですけど。机の灯りつけてても寝られますか?」 私が起き上がると、彼は「仕事って、執筆ですか?」と訊き返してくる。「そうです。眩しいようだったら、ダイニングで書きますけど」「いえ、僕のことはお気になさらず。……ただ、明日出勤でしょ? あんまり遅くまでやらないようにして下さいね」「うん、ありがとうございます。キリのいいところまでやったら、適当に寝ます。だから気にせず、先に寝てて下さい」 私はベッドから抜け出して、部屋着の長袖Tシャツの上からパーカーを羽織り、机に向かった。書きかけの原稿用紙を机の上に広げ、シャープペンシルを握る。 ノートパソコンは、相変わらずネットでしか稼働(かどう)していない。タイピングの練習は、時間が空いた時だけやっている。でも、パソコンで執筆する気にはやっぱりなれない。 原稿を書きながら、数時間前に観た映画のラブシーンとついさっきまでの彼との濃密(のうみつ)な時間を思い出しては、一人で赤面していた。私が書いている恋愛小説は濃厚(のうこう)なラブシーンが登場するようなものじゃなく、主にピュアな恋愛を描いているものがほとんどなのだけれど。 私の恋は、小説やTVドラマや歌の世界を地(じ)でいっている気がする。 潤のことも、もちろん本気で好きだった。だから、「小説家なんかやめろ」って言われてすごく傷付いたんだと思う。「どうして好きな人に応援してもらえないの?」って。 でも、原口さん相手ほどは燃えなかったなあ。こんなにどっぷり好きになった相手は、多分彼が初めてだ。そして、ここまで愛されているのも。 だって彼は、私のことを丸ごと愛してくれているから。私のダメなところも全部認めてくれて、決して貶さないし。……こんなに出来た彼氏は他にいないと思う。 ――集中してシャーペンを走らせ、原稿用紙十五枚を一気に書き上げると、時刻は夜中の十二時過ぎ。いつの間にか日付が変わっていた。「ん~~っ、疲れたあ! そろそろ寝よ……」 私はシャーペンを置き、思いっきり伸びをした。ふと、後ろのベッド

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page9

    「――さて、と。まだ時間も早いですけど、DVDでも観ます?」 私はソファーから立ち上がると、ミモレ丈(たけ)のデニムスカートの裾を揺らしてTVラックの所まで行き、彼に訊ねる。 今日は映画を観てきたけれど、この部屋の中での時間の潰し方は限られる。TVを観るか、DVDを観るか、仕事するか。それとも…………。「いいですけど。ちなみに、どんなジャンルですか?」「ワンパターンで申し訳ないんですけど、恋愛映画……。洋画と邦画、どっちもありますけど」 これでも恋愛小説家である。他の作家さんの恋愛小説だけでなく、時にはコミックやTVドラマ・映画などを作品の参考にすることもあるのだ。そういう意味で、恋愛映画のDVDは資料としてこの部屋には豊富に揃(そろ)っている。「じゃあ……、邦画の方で」「了解(ラジャー)☆」 私が選んだのは、〝恋愛映画のカリスマ〟と名高い若手映画監督がメガホンをとった映画。今日観て来た映画とは違う、ドラマチックな演出をすることで有名な人の作品だ。 ――でも見始めてから、この作品を選んだことを後悔した。「「わ…………」」 途中で際(きわ)どいラブシーンが流れて、何となく気まずい空気になったのは言うまでもない。 あまりにも生々しすぎるラブシーンを直視できず、TV画面から視線を逸らしてチラッと隣りを見遣れば、原口さんは瞬(まばた)きひとつせずに画面に釘付けになっていた。 ……目、大丈夫かな? ドライアイにならない? 私は彼の顔の前に手をかざして上下に動かしてみる。「お~い、起きてますかぁ?」「…………ぅわっ!? ビックリした!」 ハッと我に返った彼のガチのビックリ顔がおかしくて、私は思わず吹き出した。「ハハハ……っ! めっちゃ見入ってましたねー」「スミマセン」 お家デート中に彼女の存在そっちのけで映画に見入っちゃうなんて、なんて彼氏だ。……まあでも、面白いものが見られたからよしとしよう。「――あ、終わった。ちょっと刺激強すぎたかな……」 映画は二時間足らずで終わった。プレイヤーから出したディスクをケースに戻し、次に観る時はもう少し刺激の少ない映画にしようと思った。「お風呂のお湯、入れてこようっと。――先に入りますか?」 この調子だと、今日も彼はこの部屋に泊まっていくことになりそうなので、私はバスルームに向かいがてら彼に訊ね

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page8

    「原口さんだって、もうちょっと広い部屋の方が落ち着けるでしょ? ベッドだって狭いし」「だったら、ベッドだけシングルからセミダブルに変えたらいいんじゃないですか?」 彼の提案は身もフタもない。せっかく「あなたの部屋の近くに引っ越したい」って言うつもりだったのに。「ここの寝室は狭いから、セミは置けないんです。だからどっちみち引っ越すことになるの。……まあ、狭いベッドの方が、ベッタリくっついていられるから私もいいんですけど」「そっ……、そういう意味で言ったんじゃ………」 ちょっと意味深な視線を送ると、彼は真っ赤になって慌てた。私より恋愛慣れしているわりには、結構ピュアだったりするのだ。「冗談ですって。でも、引っ越すなら赤坂の方の物件がいいな。原口さんのお部屋の近く」「え……」「その時は、お手伝いよろしく☆」「…………はい」 私の方が年下なのに、彼は腰が低いというか、立場が弱いというか……。私に何か頼まれると、「イヤです」とは言いにくいらしい。話し方だって、未だに敬語が抜けないし。 しばらく話し込んでいたら、マグカップに入っていたミルクティーはもうほとんど飲み終えつつあった。私は彼の肩にそっと頭をもたげる。「――あ、そういえば美加が、『いつ結婚式の予約入れてくれるの?』って言ってたんですけど」「美加さんって……、こないだ取材させて頂いたウェディングプランナーのお友達ですか?」

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